40年近くケースに入れたまま眠っていたギターを診て欲しいとのことでお預り致しました。
S.YAIRIのYD304というギターです。
仕様から判断すると1970年代の前半に作られた物のようです。
S.YAIRIというと今では入門モデルのイメージが強いブランドですが、この頃のギターは国産の高級品で、プロの愛用者も多く、このYD304も井上陽水さんの愛機として知られています。
長い歴史の中で紆余曲折あるブランドですので興味のある方は調べてみてください。
製造から50年ほど経っている立派なヴィンテージ物ですが、弦をしっかり緩めてケースに入れて保管されていた事もあり、状態は良いです。
ナットが低い、サドルが紛失している、フレットが減っているということでネック調整、ペグ調整、ナット交換、サドル交換、フレットすり合わせ、弦交換がセットになったプレミアムセットアッププランにて作業を進める事になりました。
まずは現在のナットを取り外していきます。
ネックの塗装がナットに持っていかれないようにナットとネックの境目に刃を入れておきます。
当て木を当て、ナットを叩いて外しますが、かなり強力に接着されているようで簡単には外れません。
接着部は一部残りましたがナットの大部分は外すことが出来ました。
ノミやヤスリを使って溝の内側をキレイに整えます。
ナットの制作前にフレットのすり合わせを行います。
フレットに浮いている箇所が無いかチェックをして、浮きがあれば修正します。
浮きや隙間は小さいものでも大きいものでも振動を伝えないと言う点では同じです。
振動が伝わらないと音がこもる、小さくなる、伸びなくなるという俗に言う「鳴らない」原因になります。
見落としがないように念入りにチェックします。
浮きの修正が終わったら指板面に傷がつかないようにマスキングを施します。
凹んでいるフレットの高さに合わせて全体をヤスリですり合わせていきます。
削りすぎるとフレットの山が低くなり演奏性が悪くなるので、この後のフレットの整形、磨き作業の事も考えて全作業後にちょうど凹みが消える程度まですり合わせを行います。
ネックの反りやフレット毎の高さのバラつき、指板R、を立体的にイメージしながらすり合わせる必要があります。
適宜ストレートスケールやRテンプレートをフレットに当てて、脳内のイメージを修正しながら作業を進めていきます。
また、YD304はネックの反りをトラスロッドで調整できる仕様ではない為、弦の張力も計算してフレットの頂点の高さを調整します。
フレットの高さが決まったらフレット整形専用のダイヤモンドヤスリで断面が台形型になったフレットの角を落として頂点を作っていきます。
せっかく揃えたフレットの高さが変わらないように、フレットの中央がギリギリ残るところまで削ります。
全てのフレットを整形し終わったら、ヤスリの番手をだんだん細かくしながらフレットを磨いて傷を消していきます。
次にナットの製作に移ります。
ナット材の厚みと幅、底部の傾斜を調整して、ナットの溝にピッタリ収まるように整形します。
キツすぎず、ゆるすぎず、スッポリと収まるようになったら微量の接着剤で固定します。
大量の接着剤を使ってガッチリと固定したり、隙間を埋めたりしても演奏上は問題はありませんし、簡単です。
しかし、ナットは少しずつですが日々すり減る消耗品ですので、年単位で必ず交換が必要になります。
次のメンテナンス時の事も考えて作業するのがプロの仕事だと考えます。
次にナットの高さと形状を整形して、外した元のナットに合わせて弦の間隔を決定します。
弦の太さに合わせて溝を切ったら次はサドルの製作に移ります。
牛骨のブランク材から幅と厚みとRをサドル溝にピッタリ収まるように削り出します。
溝にピッタリと収まったらブリッジの高さ(サドル溝の深さ)を写し取ります。
溝の深さはかなり浅めに掘られていました。
これくらいの年代のギターは浅く掘られている物が多い傾向にあります。
浅い溝に高いサドルを取り付けると、弦を張ったときにサドルが倒れてしまうことがありますが、今回はサドルの高さ自体が低くなる予定ですので、サドル溝の彫り直しは行いません。
ネックの差し角やボディTOPの膨らみを計算に入れながら、最終的な弦高に合わせてサドルの高さを設定します。
サドルが完成したら弦を張って、1弦ずつナット溝とサドル高さとオクターブピッチの微調整を行います。
チューニングをしながらペグのトルクにバラつきがないかを確認し、調整を行います。
これでプレミアムセットアップの全作業が完了になります。
40年間も眠っていたギターが現役で活躍できる状態に蘇りました。
製造から時間が経っているので木材の状態も安定しており、これから何十年と使えることでしょう。
長らく眠らせているギターがございましたら、ぜひご相談ください。
再び演奏を楽しめる状態に蘇らせてみませんか。